<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<feed version="0.3" xml:lang="ja" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>nogulog</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nogutsu.com/" /><modified>2010-07-29T14:32:58+09:00</modified><tagline>ノグチ靴工房のドキュメント</tagline><generator url="http://jugem.cc/">JUGEM</generator><entry><title>夏休みの訳</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nogutsu.com/?eid=1042467" /><id>http://blog.nogutsu.com/?eid=1042467</id><issued>2010-07-29T14:14:03+09:00</issued><modified>2010-07-29T05:32:59Z</modified><created>2010-07-29T05:14:03Z</created><summary>工房は今週から８月いっぱいまで夏休み。

毎年のことだが生徒さんには、「８月は暑いので工房はお休みです」と言って夏休みのご承諾を頂いている。
夏が暑いのは当たり前じゃないか、休むための口実だ！と言う方もおられようかと思われるのでご説明しておくと、

当...</summary><author><name>nogutsu</name></author><dc:subject>雑記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[工房は今週から８月いっぱいまで夏休み。<br />
<br />
毎年のことだが生徒さんには、「８月は暑いので工房はお休みです」と言って夏休みのご承諾を頂いている。<br />
夏が暑いのは当たり前じゃないか、休むための口実だ！と言う方もおられようかと思われるのでご説明しておくと、<br />
<br />
当工房は貸店舗なのだが、代々の店子が店舗内を改装（改造）している経緯があり、僕らも土壁を抜いたり床を張り直したりして、自分たちの使い勝手がいいようにリノベーションして現在の状態にいたっている。<br />
その調子で先代が天井を抜いてしまっていたので、現在は天井がなく梁がむき出しになっている。<br />
相当の年月を経て黒ずんだ梁が縦横にはしっている様子は大変気に入っているのだが、<br />
本来は屋根裏に溜まった暑い空気を遮るはずの天井がないということは、夏はトタン屋根で熱された空気が直に工房のなかに滞留することを意味する。<br />
<br />
真夏のトタン屋根といったら、その上に卵を落とせば目玉焼きができるだろうほどの暑さである。<br />
その熱が工房を包んでいる中で汗だくになって靴づくりに励んでいる姿をご想像願えれば、８月中は工房を休みにする（閉鎖と言っても良い）ことに同意して頂けるのではないだろうか。<br />
<br />
とはいうものの、８月はワークスの工房開放があったり、暑かろうが貸工房の生徒は通ってくるので、当然僕も仕事であるのは言うまでもない。<br />
ただ、お盆明けに１週間お休みをもらって、今夏に四国の島々を舞台に催されている瀬戸内国際芸術祭に友人の作品を見にいくことにしているのが楽しみである。<br />
<br />
貸工房のみなさん、留守中はよろしくね！]]></content></entry><entry><title>新たな旅立ち</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nogutsu.com/?eid=1040769" /><id>http://blog.nogutsu.com/?eid=1040769</id><issued>2010-07-14T21:16:18+09:00</issued><modified>2010-07-14T12:40:49Z</modified><created>2010-07-14T12:16:18Z</created><summary>先日、当工房を卒業して独立開房を果たした生徒から「先生、工房に来てもいいよ」とご招待を頂いたので早速行ってみることにした。

その工房は茅ヶ崎駅の一つ隣駅になる辻堂にある。
駅からまっすぐ海に向かう広い道路に面しているからか、僕の工房とくらべて光が十分...</summary><author><name>nogutsu</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[先日、当工房を卒業して独立開房を果たした生徒から「先生、工房に来てもいいよ」とご招待を頂いたので早速行ってみることにした。<br />
<br />
その工房は茅ヶ崎駅の一つ隣駅になる辻堂にある。<br />
駅からまっすぐ海に向かう広い道路に面しているからか、僕の工房とくらべて光が十分に入り、<br />
女性２人の工房らしく清潔で明るい雰囲気であった。<br />
<br />
手づくり靴の未来を見据えて、<br />
これから「人と靴の新しいコミュニティー」を作ってゆくのは君たちなので、<br />
一緒にがんばっていこうね。<br />
というような話をして（たぶんしたと思う）工房を後にした。<br />
<br />
みなさん「工房sabuji」を宜しくごひいきに！<br />
<a href="images/sabji1.jpg" target="_blank"><img src="images/sabji1.jpg.200px.jpg" width="200" height="150" alt="サブジ１" class="pict" /></a><br />
<a href="images/sabji2.jpg" target="_blank"><img src="images/sabji2.jpg.200px.jpg" width="200" height="150" alt="サブジ２" class="pict" /></a><a href="images/sabji3.jpg" target="_blank"><img src="images/sabji3.jpg.200px.jpg" width="200" height="150" alt="サブジ３" class="pict" /></a>]]></content></entry><entry><title>プロってなに</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nogutsu.com/?eid=1036212" /><id>http://blog.nogutsu.com/?eid=1036212</id><issued>2010-06-17T20:09:54+09:00</issued><modified>2010-06-18T08:52:45Z</modified><created>2010-06-17T11:09:54Z</created><summary>ある靴の専修学校を見学に来た人が「自分は本物のプロを目指している」と言って、その学校への入学を見合わせたそうだ。
それを聞いて僕は何と言えばいいか、ある違和感を覚えた。
そこで、プロ（プロフェッショナル）になるとはどういうことかについて考えてみた。

...</summary><author><name>nogutsu</name></author><dc:subject>雑記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[ある靴の専修学校を見学に来た人が「自分は本物のプロを目指している」と言って、その学校への入学を見合わせたそうだ。<br />
それを聞いて僕は何と言えばいいか、ある違和感を覚えた。<br />
そこで、プロ（プロフェッショナル）になるとはどういうことかについて考えてみた。<br />
<br />
プロフェッショナルを辞書でひくと「専門的な」とか「本職の」とかいう意味である。<br />
皆さんも、仕事をしてお金を稼ぎ、それで生活が成り立っていれば立派な「プロ」だろう。<br />
そう考えている人が多数なのではないだろうか。<br />
<br />
僕の考え方はちょっと違う。<br />
<br />
この国において「プロ」という表現は基本的にその言葉づらよりもより格上で、上質であるという意味を含んで「仕事」をする人に対して使われているようである。<br />
「やはりあの人はプロ」だとか、「さすがプロの仕事だ」というふうに。<br />
であれば、その「プロ」なるものを知るには、「仕事」って何なのかをまず定義しなければならないだろう。<br />
<br />
さっきも言ったように、<br />
「労力」を提供してその代わりに「お金」をもらうのが「仕事」であると考えるのはちょっと安直である。<br />
もしそうだとしたら、パチンコをしても競馬をしても「お金」を稼げさえすれば、そういうことも立派な「仕事」だということになってしまう。<br />
<br />
ならば、自己利益の増幅のためにすることは仕事とは呼べないだろうと僕は考えている。<br />
他の誰かが喜ぶことや助けになること、何か社会に貢献できることのために<br />
労力を使うことが「仕事」ではないだろうか。<br />
<br />
そして、その仕事の成果やそれに就く人の評価というものは事前に自分で考量できるものではない。<br />
それは結果として他人が喜んでくれたとき、後に社会の役にたったときにはじめて考課されることになるのである。<br />
<br />
したがって、「プロ」というのは自分の利益にならずとも「他人を喜ばしたり、誰が恩恵を受けるかすら知らないが、社会の役に立つようにと最善の努力を惜しまない人」のことを言うのである。<br />
そして、その人が真のプロであるかどうかは、実際にその仕事によって喜んだり、恩恵を受けた人がいたことをもって、「あのひとは本当のプロだった」とか「さすがプロの仕事だったね」と事後的に評価されるべきなのである。<br />
<br />
だから、「本物のプロを目指す」というような自分が将来獲得するだろうと思われる権威や地位を想定考量して仕事をしているような人は、真の「プロ」にはなれないというパラドックスに陥ることになるんじゃないの？<br />
と感じたのである。]]></content></entry><entry><title>WORKS／６月</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nogutsu.com/?eid=1037086" /><id>http://blog.nogutsu.com/?eid=1037086</id><issued>2010-06-16T20:52:26+09:00</issued><modified>2010-06-17T12:32:04Z</modified><created>2010-06-16T11:52:26Z</created><summary>ワークスは６月の第３週目。

課題は一作目である一枚甲のメイキングを中心に進行中。
この１週間で底付けが終わるだろうという生徒が数人。
今期も概ね順調である。

ただ、課題の進め方（カリキュラムの進捗状況）についてはそれぞれの生徒の管理に任せるのがワー...</summary><author><name>nogutsu</name></author><dc:subject>works</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[ワークスは６月の第３週目。<br />
<br />
課題は一作目である一枚甲のメイキングを中心に進行中。<br />
この１週間で底付けが終わるだろうという生徒が数人。<br />
今期も概ね順調である。<br />
<br />
ただ、課題の進め方（カリキュラムの進捗状況）についてはそれぞれの生徒の管理に任せるのがワークスの数少ないルールの一つである。<br />
なので、今誰がどの課題をやっていようと基本的に僕は一切関与しない。<br />
「夏休みまでに『外羽根靴』を終わらせなさい」とか「課題が終わらない人は夏休みに補講します」ということをしないので、ワークスの１年間は自分の好きなように課題を進めてもらっていいということになる。<br />
<br />
それはつまり、誰にも管理されないということは自分の課題の管理は自分自身が全て責任を負うということに等しい。<br />
<br />
誰かに「これをしなさい」とか「いつまでにしなさい」とか言われないと出来ないようなら、<br />
どんなに優秀な者でも、将来独立して靴を仕事にすることなど叶わないと思うからである。]]></content></entry><entry><title>コメントやーめた</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nogutsu.com/?eid=1032405" /><id>http://blog.nogutsu.com/?eid=1032405</id><issued>2010-05-16T17:57:21+09:00</issued><modified>2010-05-16T09:07:51Z</modified><created>2010-05-16T08:57:21Z</created><summary>論争なんてやぼったい。
不快な「ことば」は誰も幸せにしない。
今回からこのブログ上では記事に対するコメントは拝聴しないことにしようと思う。
ただ、今まで通りご意見は真摯に伺うので、何かひと言ある方は直接メールしてね！

なお、この場を借りて、
「いまま...</summary><author><name>nogutsu</name></author><dc:subject>雑記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[論争なんてやぼったい。<br />
不快な「ことば」は誰も幸せにしない。<br />
今回からこのブログ上では記事に対するコメントは拝聴しないことにしようと思う。<br />
ただ、今まで通りご意見は真摯に伺うので、何かひと言ある方は直接メールしてね！<br />
<br />
なお、この場を借りて、<br />
「いままでこのブログにコメント頂いた方に感謝申し上げます。」<br />
<br />
<em>互いに非難することがあっても<br />
非難できる資格が自分にあったかどうか<br />
あとで<br />
疑わしくなるほうがいい<br />
正しいことを言うときは<br />
少しひかえめにするほうがいい<br />
正しいことを言うときは<br />
相手を傷つけやすいものだと<br />
気づいているほうがいい<br />
立派でありたいとか<br />
正しくありたいとかいう<br />
無理な緊張には<br />
色目を使わず<br />
ゆったり　ゆたかに<br />
光を浴びているほうがいい</em><br />
　吉野弘　氏『祝婚歌』より抜粋<br />
<br />
いい詩である。<br />
]]></content></entry><entry><title>黄金週間雑記</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nogutsu.com/?eid=1029867" /><id>http://blog.nogutsu.com/?eid=1029867</id><issued>2010-05-01T15:08:49+09:00</issued><modified>2010-05-02T04:56:58Z</modified><created>2010-05-01T06:08:49Z</created><summary>今週は月の５週目ということもあって工房は教室もワークスも全てお休み。
世間一般はゴールデンウィークということだが、
このようにプロクを書いていることでお分かりのように、僕は通常通り仕事である。

良い天気のおかげもあって、街では春のさわやかな風のように...</summary><author><name>nogutsu</name></author><dc:subject>雑記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[今週は月の５週目ということもあって工房は教室もワークスも全てお休み。<br />
世間一般はゴールデンウィークということだが、<br />
このようにプロクを書いていることでお分かりのように、僕は通常通り仕事である。<br />
<br />
良い天気のおかげもあって、街では春のさわやかな風のように出歩く人の足どりも軽い。<br />
ただしうちの家族を除いては・・。<br />
<br />
今週になって家族全員が風邪をひいてしまったのだ。<br />
奥さんと耕太郎は以前から風邪気味だったのだが、僕は一昨日の仕事中に激しい悪寒を覚えて夕方早めに帰途につく。<br />
体温を測ってみるとなんと39.1度。その日の気温は20度くらいはあったのに、どうりで寒いわけである。<br />
そのまま布団にすべり込んで朝まで汗だくになって寝る。<br />
<br />
朝起きると少し症状は良くなったが、まだ熱が37度なかばくらいなので、同じく風邪で黄緑色の鼻水を垂らしている耕太郎とお家で静養（おなじDVDを何度も見ること）することにする。<br />
<br />
そして本日はまだ微熱はあるものの体調は良いので、工房に出て来て仕事をしている。<br />
お昼ご飯を買いにタイゾー（近くのパン屋）まで行こうと自転車に飛び乗ると、友人にばったりお会いする。<br />
「お出かけですか？」とお聞きすると、<br />
「はい、ちょっと小旅行に」といって駅の方へ向かわれた。<br />
「小旅行」って胸のあたりがむずむずとする魅力的な言葉だなー、なんて考えながらパン屋へ自転車を走らせた。<br />
<br />
ということで今回のGWは何もないが、８月になったら瀬戸内へ小旅行に行く予定である。<br />
今夏に瀬戸内海の島々を舞台にして、『瀬戸内国際芸術祭』というイベントが開催されるのを知っているだろうか。<br />
参加者は、横尾忠則、安藤忠雄、日比野克彦らといった超メジャーなアーティストたちを見ても、この芸術祭が今年日本で開催される最大の国際芸術祭であることは疑いようがない。<br />
<br />
実はその芸術祭に茅ヶ崎に住む友人の画家が参加するのである。<br />
<br />
その彼、眞壁陸二くん（陸ちゃん）は男木島で島全体を取り込むアートプロジェクトを製作中だそうである。<br />
<br />
興味のある人は芸術祭のHPをご覧あれ。<br />
http://setouchi-artfest.jp/<br />
<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>ことばのチカラ</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nogutsu.com/?eid=1029847" /><id>http://blog.nogutsu.com/?eid=1029847</id><issued>2010-05-01T11:01:07+09:00</issued><modified>2010-05-01T06:33:12Z</modified><created>2010-05-01T02:01:07Z</created><summary>このブログで書いたある記事に対して、ここ数日で多分同じ方（匿名だったので）から何件かコメントを頂いた。
内容は、僕のやっている「靴づくり」や「考え方」に対する辛辣な批判であったと思う。

ただ、基本的にこのブログで書いていることに対してご意見を頂いても...</summary><author><name>nogutsu</name></author><dc:subject>雑記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[このブログで書いたある記事に対して、ここ数日で多分同じ方（匿名だったので）から何件かコメントを頂いた。<br />
内容は、僕のやっている「靴づくり」や「考え方」に対する辛辣な批判であったと思う。<br />
<br />
ただ、基本的にこのブログで書いていることに対してご意見を頂いても、それに反論することはない。<br />
<br />
僕がここで書いている「ことば」は自分の名において、確固たる信念に基づいて書かれているものである。<br />
なので逆に、このブログの記事を読んで、自らの名の下に信念にしたがって反論があるという方は大変結構なのである。<br />
自分が好きなことを言える権利は、他の人が好きなことを言うことを認めている態度に担保されていると考えているからである。<br />
<br />
ただし、その言葉は誰の口から発せられたのか、出所がはっきりしているかが問題であると思う。<br />
ことばにチカラが宿るのはその言葉を発している人が明らかなときだけである。<br />
みなさん想像して欲しい。<br />
見知らぬおじさんが言っていた同じ言葉でも、松下幸之助や本田宗一郎が言ったとなるとより深遠で重厚な意味を持つということもありうるだろう。<br />
<br />
ことばはそれを発する人と一対になっていなければその効力は半減してしまう。<br />
反対にことばのチカラを信じる者は、その発した自分の「ことば」によって自身をその指し示す方向へと導いてもらえる。<br />
<br />
誰が発したとも分からない「ことば」は誰も責任を取らなくてもいいことばである。<br />
受け止めようとも、突き放そうとも、何とも「かたち」の曖昧なものになってしまう。<br />
つまり、自分の発することばにチカラを与えたいなら、いつでもそれを言ったのは「私」ですと言えることが大事だと考えるのである。<br />
<br />
ちなみに、頂いたコメントは靴づくりに携わる違う立場の人の意見として大変参考になりました。<br />
「こちらの工房からは学ぶことはない」というご意見でしたが、こちらは既製靴の現場に興味があります。もしその現場を見せて頂けるようでしたらメールの方へご一報ください。<br />
]]></content></entry><entry><title>WORKS始動</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nogutsu.com/?eid=1026649" /><id>http://blog.nogutsu.com/?eid=1026649</id><issued>2010-04-08T21:19:10+09:00</issued><modified>2010-04-18T04:37:48Z</modified><created>2010-04-08T12:19:10Z</created><summary>今週の７日（水）から第５期WORKSが始まった。

初日はオリエンテーション。
一年間のカリキュラムの流れを説明したあと、生徒のために特別に手配した手づくり靴を作るための道具たちを配る。

特別に手配したと敢えて言うのには訳がある。
今や靴を作るための手道...</summary><author><name>nogutsu</name></author><dc:subject>works</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[今週の７日（水）から第５期WORKSが始まった。<br />
<br />
初日はオリエンテーション。<br />
一年間のカリキュラムの流れを説明したあと、生徒のために特別に手配した手づくり靴を作るための道具たちを配る。<br />
<br />
特別に手配したと敢えて言うのには訳がある。<br />
今や靴を作るための手道具と言われているものは、<br />
靴の資材卸が立ち並ぶ浅草であっても、もう手に入らなくなりつつあるものが幾つかある。<br />
<br />
それはなぜって？簡単なことである。<br />
<br />
もう日本では手で靴を作っている人がいないからに他ならない。<br />
いないと言うのは語弊があるが（現に僕らは手で靴を作っている）、<br />
国内の既製靴産業を考えた場合に、製造分野は中国や東南アジア諸国にシフトしていて、国内で作っていてはもう仕事にならない状況なのである。<br />
<br />
また、国内の道具を作る鍛冶職人も高齢のために止めてしまったり、<br />
体調を崩したらそのオヤジさん一人しかその道具を作っていなかったりする。<br />
<br />
道具も必要なくなる。<br />
それを作る人や使う人もいなくなる。<br />
<br />
じゃあ、なぜ靴の専修学校はそんな国内靴産業へ送り込むべく毎年たくさんの生徒を排出しているのか。<br />
<br />
誰か教えて？]]></content></entry><entry><title>続々、取材を受ける</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nogutsu.com/?eid=1024272" /><id>http://blog.nogutsu.com/?eid=1024272</id><issued>2010-03-24T21:17:00+09:00</issued><modified>2010-03-24T12:17:00Z</modified><created>2010-03-24T12:17:00Z</created><summary>OZマガジンの記事がweb版でもアップされている。

OZモールも見てね！
http://www.ozmall.co.jp/trip/jikan/015/</summary><author><name>nogutsu</name></author><dc:subject>雑記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[OZマガジンの記事がweb版でもアップされている。<br />
<br />
OZモールも見てね！<br />
http://www.ozmall.co.jp/trip/jikan/015/]]></content></entry><entry><title>WORKS修了</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nogutsu.com/?eid=1023791" /><id>http://blog.nogutsu.com/?eid=1023791</id><issued>2010-03-21T18:41:53+09:00</issued><modified>2010-03-24T03:47:30Z</modified><created>2010-03-21T09:41:53Z</created><summary>金曜日に第４期ワークスが１年間の専修期間を修了した。
ワークス諸君は、ここから先がホントウの意味でスタート地点に立ったことになるので、
毎年敢えて卒業とは言わないことにしている。

最後の１時間をみんなに割いてもらって、１年やっていて初めてのランチをご...</summary><author><name>nogutsu</name></author><dc:subject>works</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[金曜日に第４期ワークスが１年間の専修期間を修了した。<br />
ワークス諸君は、ここから先がホントウの意味でスタート地点に立ったことになるので、<br />
毎年敢えて卒業とは言わないことにしている。<br />
<br />
最後の１時間をみんなに割いてもらって、１年やっていて初めてのランチをご一緒しながら、<br />
昨夜手づくりした記念品を渡してちょっとお話しをする。<br />
<br />
カリキュラムの履修状況はそれぞれ違うだろうが、「みなさんが１年間手づくり靴を続けてこられたことに自信を持ちなさい。」<br />
この仕事に携わっておおよそ１０年くらいになるが、何事も継続することの大切さと難しさを知った経験則がそう言わせているのである。<br />
１年続かない人が１０年続けられることは、当然のことながら理論上不可能なのであるから。<br />
<br />
あと、実はみなさんがこの工房で修得したのは、靴や素材の知識や製作技法なのではなく、それらをツールにしてこの先の未来を自分自身の「手」で切り開いてゆくための「チカラ」なのである。<br />
だからいつも申し上げているように、「カリキュラムの完修うんぬんは大した問題じゃない、大事なことはもっと別にあるんだよ」と。<br />
<br />
そして、その大事な「翼」を手にしたら、早く飛び立ちなさい。<br />
何事にも揺るがない強靭さと、何事をも受け入れるような柔軟さを持ち合わせて、<br />
自分の道をすすんでゆく。<br />
誰かが通った道ではなく、君が通ったあとが道になるように。<br />
<br />
１年間ありがとう。<br />
<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>続、取材をうける</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nogutsu.com/?eid=1022405" /><id>http://blog.nogutsu.com/?eid=1022405</id><issued>2010-03-12T13:25:55+09:00</issued><modified>2010-03-12T08:51:36Z</modified><created>2010-03-12T04:25:55Z</created><summary>先日取材をうけた雑誌の発売日がなんと今日であった。
さっき見本誌が送られてきて「はっ！」としたのである。
クツ教室の取材時に協力していただいたクラスの生徒さんには「１６日発売ですよ！」とお伝えしていたのだ。
確認してみたら、オズモールというweb版のアッ...</summary><author><name>nogutsu</name></author><dc:subject>雑記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[先日取材をうけた雑誌の発売日がなんと今日であった。<br />
さっき見本誌が送られてきて「はっ！」としたのである。<br />
クツ教室の取材時に協力していただいたクラスの生徒さんには「１６日発売ですよ！」とお伝えしていたのだ。<br />
確認してみたら、オズモールというweb版のアップが１６日でした。<br />
<br />
みなさん勘違いしていてすみません。<br />
<br />
OZマガジン４月号「東京さんぽ」特集の「わたしの旅時間」という記事。<br />
<br />
息子と一緒に取材を受けるなんてことは全く想定外だったので、提案されたときは少し戸惑ったが、ライターさんがとてもフレンドリーな感覚でサラリと言われたので、自然に「いいですよ」という流れになった。<br />
今回、自分が感覚的に思っていることや、工房の雰囲気をうまく表現して頂けたと思っていて、息子が一緒なのも手伝ってリラックスした良い取材だったと、誌面を見ながら思っている。<br />
<br />
というわけで、もう本屋の店頭に並んでいると思われるので、見かけた方は是非ご覧下さい。<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>取材を受ける</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nogutsu.com/?eid=1019033" /><id>http://blog.nogutsu.com/?eid=1019033</id><issued>2010-02-19T10:39:00+09:00</issued><modified>2010-02-24T01:08:00Z</modified><created>2010-02-19T01:39:00Z</created><summary>ある月刊生活情報誌（ライフスタイルマガジンと言うらしい）の取材と撮影があった。

２週間くらい前にその雑誌のライターさんから、
その土地や地域の人の暮らしを尋ねて旅するという企画で、「藤沢の『靴工房haq』と一緒にノグチ靴工房の取材をお願いしたいのですが...</summary><author><name>nogutsu</name></author><dc:subject>雑記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[ある月刊生活情報誌（ライフスタイルマガジンと言うらしい）の取材と撮影があった。<br />
<br />
２週間くらい前にその雑誌のライターさんから、<br />
その土地や地域の人の暮らしを尋ねて旅するという企画で、「藤沢の『靴工房haq』と一緒にノグチ靴工房の取材をお願いしたいのですが」とご依頼をいただいた。<br />
haqも一緒に取材してくれるなんて願ってもないと喜んでお受けしたのである。<br />
<br />
撮影は２回にわたり、先週がクツ教室の撮影で、今週がボクへのインタヴューと撮影。<br />
日常の暮らしぶりから仕事に対する考え方についてなどをお答えする。<br />
<br />
暮らしぶりというところから、耕太郎（息子）に作った靴と本人を撮りたいというリクエストがあったので、<br />
まあ、減るものでもないし「いいですよ」と快くOKする。<br />
初めてプロフォトグラファーに写真を撮ってもらって、彼はいつにも増して得意げにポーズを決めているようであった。<br />
<br />
無事に取材は修了したので「ほっと」しているが、耕太郎と一緒でどんな印象になるのかちょっと心配でもある。（親バカ感はいなめない）<br />
<br />
雑誌や発売日の詳細は後にご報告するので、関係者のみなさまお楽しみに！<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
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]]></content></entry><entry><title>今朝のネロ</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nogutsu.com/?eid=1018777" /><id>http://blog.nogutsu.com/?eid=1018777</id><issued>2010-02-17T20:05:10+09:00</issued><modified>2010-02-17T11:05:10Z</modified><created>2010-02-17T11:05:10Z</created><summary>
ネロを心配してくれている人のために。
でもネロは動いてしまうので毎回うまく画像が撮れない。
ねこパンチを空振りした後の姿！
</summary><author><name>nogutsu</name></author><dc:subject>nero</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="images/100217_081547.JPG" target="_blank"><img src="images/100217_081547.JPG.200px.jpg" width="150" height="200" alt="nero" class="pict" /></a><br />
ネロを心配してくれている人のために。<br />
でもネロは動いてしまうので毎回うまく画像が撮れない。<br />
ねこパンチを空振りした後の姿！<br />
]]></content></entry><entry><title>未来への扉</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nogutsu.com/?eid=1018233" /><id>http://blog.nogutsu.com/?eid=1018233</id><issued>2010-02-17T19:17:16+09:00</issued><modified>2010-02-18T10:20:19Z</modified><created>2010-02-17T10:17:16Z</created><summary>前回のプログ「説明会終わる」のコメントに対する返信が少々長い話になってしまったので、改めて本稿でお返事したいと思う。

前述したように、要は「やるか・やらないか」だなどと書くと、
それは結果論で、「たまたま首尾よく成功を納めたから言える言葉であって、失...</summary><author><name>nogutsu</name></author><dc:subject>works</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[前回のプログ「説明会終わる」のコメントに対する返信が少々長い話になってしまったので、改めて本稿でお返事したいと思う。<br />
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前述したように、要は「やるか・やらないか」だなどと書くと、<br />
それは結果論で、「たまたま首尾よく成功を納めたから言える言葉であって、失敗した人はそうは言わないだろう」と思う方もおられるかと思う。<br />
<br />
人というのは概して弱い存在であると思う。自分の下した判断が愚かで間違った行為であったと容易に肯定することは誰しも難しい。<br />
したがって何らかの選択をした時、それが後に正しい判断だったと言えるように、自動的に自分自身にその選択事項の実現を働きかけるようになる。<br />
それは自らある種の「呪い」を自分にかけてしまうようなものであるらしい。<br />
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一つの選択には、ポジティブとネガティブの両者が存在している。<br />
そしてそのどちらを選ぼうと、それは選択者に任されている。<br />
その人の置かれている環境とか条件などではなく「思考」である。<br />
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なんでも好意的に考えるヒトは、自分の判断の正しさを証明しようと一生懸命にその決断の実現に向けて努力するだろう。<br />
反対に、いつでもものごとを悪い方向に考えるヒトも、これまた自分の下した判断の正しさを証明するために惜しむことなく負のチカラを注ぎ込むはずである。<br />
そして、そのものは取るに足らない無駄なものであったという一番簡単な証明法は、それが成就しないように精一杯怠けて、実現にむけて努力しないことなのである<br />
その決断が自身の責任によるところの比重が大きければ大きい程、それらの「呪い」は強いチカラを発揮する。<br />
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要するに、<br />
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この先君たちが人生の岐路に立ち、自分の未来への決断を下すことが必ず来るだろう。<br />
その時下した判断が後に英断になるのか愚行になるのかは、君たちの考え方次第であると言いたいのである。<br />
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そして、自分の選択をいつも肯定できるような人の前には、そのつど未来への扉が一枚開くのである。<br />
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コメントの最後に綴られた言葉を読んで、<br />
「君はかならず成功するよ！」とここに予言しておこう。<br />
]]></content></entry><entry><title>説明会終わる</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nogutsu.com/?eid=1017635" /><id>http://blog.nogutsu.com/?eid=1017635</id><issued>2010-02-10T20:07:50+09:00</issued><modified>2010-02-13T00:37:23Z</modified><created>2010-02-10T11:07:50Z</created><summary>２月７日の最終回をもって来期（第５期）ワークスの募集説明会の全日程を修了する。

１０月から月１回のペースで全５回を予定していて、始めた頃はまだ半年も先の話だと思いながらの説明会であったが、いつのまにか最終回を終え、新期ワークス入学まであと２ヶ月を切っ...</summary><author><name>nogutsu</name></author><dc:subject>works</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[２月７日の最終回をもって来期（第５期）ワークスの募集説明会の全日程を修了する。<br />
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１０月から月１回のペースで全５回を予定していて、始めた頃はまだ半年も先の話だと思いながらの説明会であったが、いつのまにか最終回を終え、新期ワークス入学まであと２ヶ月を切ってしまった。<br />
おかげ様（みなさんの）で、来期も今期同様に堅調な感じでスタートできそうである。<br />
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説明会をやっていると毎年耳にするのが、「踏ん切りがつかない」とか「状況が許さない」という類の言葉。<br />
やれるかどうか不安であったり、置かれている状況が提示されている条件に合わないということらしいが、それらは有用なエクスキューズなのだろうか。<br />
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そしてそういう言葉を使う人たちに、その年のワークスのオリエンテーションで顔を合わせることはまずない。という事実から導き出されることは何だろうか。<br />
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靴づくり、ことに「手づくり靴」においては、普段から特別なことではなく「誰にでも出来ることですよ」と申し上げているとおり、<br />
要は「やれるかどうか」ではなく「やるかどうか」がコトの明暗を分けると思うのである。<br />
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将来必ず成功することが保証されていたり、すべての条件がお膳立てされてエスカレーター式に希望の自分になれるようなシチュエーションは、この世の中で一般庶民（僕たち）には殆どあり得ない。<br />
もし万が一そういう状況に置かれるチャンスがあったとしても、もうそれは自分自身の力で幸福な未来を掴み取るという当初の「志」とは遠くはなれた場所に来てしまっていることに、そう考えている人たちは果たして気づくのだろうか。<br />
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