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失敗のススメ

JUGEMテーマ:学問・学校

今年でこの仕事を始めて20年目になりました。WORKSという靴づくり専門課程を設けてからは、今期で15期を数えることになります。この節目に、僕がWORKSで靴づくりを教える意義のようなものをもう一度考えています。

教育って「教わらないことを教えること」だと、以前この場で書いたことがあります。学校で教わったコトそれ自体には、それほど重要な示唆は含まれていないと言いました。学校を出た後に社会へ出て、そこで学んだことがそのままの状況で再現されて解決に至るというようなケースはまずないと思われるからです。未知の世界(未来)をどう生き抜いていくのか、正しい解答を知らない時に、正解を導き出せるような経験や方法を学ぶことが必須でしょうという考えから来た言葉です。

そういう思いを抱いてWORKSという手作り靴専門課程を設けて、日々生徒たちに接している訳なのですが、「教わらないことを教える」という方針はどのような教え方かとよく聞かれます。端的に説明すると、聞かれてもすぐには回答せずに考えてみなさいと教える。生徒が実際やってはみたが上手くできずに悩んだ末に質問してくるか、失敗して困って途方に暮れていると何かヒントを教えるという具合でしょうか。つまり、「失敗するための教育」といっては言い過ぎになるでしょうか。

昨今は、高い授業料を払っているのに失敗させるとは何事だと怒りだす親御さんもいるのかなと想像しますが、ちなみに今までそのような経験は幸いにしてありませんでしたし、もしそのように自分の子を管理している親がいるとしたら、残念ながら子どもの生きる力を殺いでしまっているのに等しいと言わざるを得ないでしょう。

 

アメリカの『Psychological Science』に掲載された論文によると、人の脳は失敗の経験とそれを能動的に解決しようとする意欲によって成長すると発表されています。元になったスタンフォード大学の研究調査では、ニューヨーク市の5年生400人を対象にあるパズル問題を解かせて、半分のグループには頭が良いと「知性」を褒める対応をし、もう半分のグループには一生懸命よく頑張ったと「努力」を褒める対応をして、その後の各グループの成績を追跡調査したそうです。

研究者の二つのグループ間にそれほど大きな違いは生じないだろうという予測を大きく覆して、5年生たちには劇的な影響力があったと報告されています。

結果的には、「知性」を褒められたグループは成績が伸びないか落ち込み、「努力」を褒められた方のグループは劇的に成績が伸びたということです。知性をほめられた子どもは、自分を賢く「見せる」ことに留意して失敗を恐れ、難しい問題に挑戦したり、間違いをおかすリスクをとれなくなるのだと説明しています。その逆に「努力」を褒められたこどもは、失敗を理解し、失敗から学び、よりよい方法を編み出したいと思ったのでしょう。彼らは、たとえ最初は失敗しても挑戦することを望んだので、その経験により後により高い成績を得たのだと結論づけています。

 

最近の嬉しいニュースで、韓国映画の『パラサイト 半地下の家族』がアジア映画で初めてアカデミー賞の作品賞、監督賞を含む4冠という偉業を達成しました。その受賞者インタヴューで監督のポン・ジュノ氏が紹介したのは、名監督マーティン・スコセッシ氏の「The most personal is The most creative」(より個人的なものが一番創造的である)という言葉でした。映画を勉強していた学生時代に深く心に刻んだ言葉だそうです。

 

よく「自分探し」という言葉を使う人がいますが、僕はあまり好きな表現ではありません。

今の自分は本来あるべき姿(身分や年収や才能?)ではなく、自分以外の何かに不当に虐げられて現在の状態で我慢させられていると言わんばかりと考えてしまうのは穿った見方でしょうか。

前述した「The most personal is The most creative」は受け手によって様々な解釈が可能だとは思いますが、僕はこう考えます。「探さなくても、唯一無二の自分という存在に気づけば良い」

個々の資質を存分に発揮することは、自分自身を表現する最も有効かつ最大に創造的なのだということです。

だから、そういう「自分には他の居場所があるはず」だと思っている人には、自分の好きなこと、熱中できることを突き詰めてやりなさいと言いたい。

 

手で何かを作る、とりわけ人が生きる上で必要とするものを作るということは、自分自身を見つめる(探す)のに大変有効な装置となり得ます。日々食べるために料理を作ること、それもなるべく美味しく作る。生活のための道具を作る。例えば普段使いする器を土から練って作る、素材から吟味して着心地の良い服を仕立てる、足に合わせて木型から靴を作ることもその一つでしょう。

靴に関して言わせてもらえば、どんな靴を作りたいか(どんな靴なら喜んでもらえるか)、どんな場所(環境)で作りたいか、どんな人たちと作りたいか、そしてどんな社会を実現したいのか?そういった靴づくりに付随する全てのコトガラが自分自身を形にしていくのです。そして気がついたら、自分が一本の幹のようになって、どんな状況に遭遇してもどんな人と対峙しても、決して微動だにしない太い芯が中に存在していることに気づくでしょう。敢えて言うなら、それが探していた自分だと思います。

 

失敗することに学びの意義があるとするならば。人は失敗なくして成長しないならば、自分がやりたいことに挑戦することや未知の経験をすることにもう躊躇する理由は見つからないでしょう。

それが自分の生きる力を最大限に引き出す方法で、その環境が自分を確立する最高の学びの場になるだろうからです。

 

最後に蛇足ですが、春期のWORKSでみなさんの失敗への挑戦を待っています!

 

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