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手づくり靴イノベーション

 思う所があって、手づくり靴におけるイノベーションを考察したレポートをある機関向けに書いたのですが、もう世に出ることはないだろうと思って、読みやすく抜粋してブログに載録しておきます。長くて固い話なので興味のある方だけどうぞ。

 

 現在、靴づくりを教える養成機関や個人も数多く増え、単純に靴が作れる若者たちは独立を果たし、その波は着実に全国に広まってはいるが、幸か不幸か国内では靴製作に関して客観的で明確な評価方法が定まっていない。デザイン重視のファッション志向の靴もあれば、足の不具合や痛みを抱えた方に向けた治療目的な靴も作られている。中でも特に後者の場合は、国内に資格制度がないが故に、それぞれの作り手で足や靴に対する知識や経験に大きな差が生じていると危惧されるのである。ドイツの整形靴マイスターの指導のもとで整形靴を販売している靴店なども見かけるが、殆どが既製の靴に調整したインソールを入れて販売している程度に留まっていて、足とインソールを収めるための器としての働きに加えて、インソールと相まって機能的に作用するような靴本体を作成する技術を有するまでには至っていないのが現状だ。

 足病医学の先進国である諸外国ではどうだろう。アメリカでは足装具の専門家であるペドーシスト、ドイツには整形靴マイスターという国家認定資格があり、医学的知識を持った靴及びインソール製作のスペシャリストが存在するのだ。日本でその分野を担っている国内唯一の資格といえば義肢装具士だが、専門的には義足・義肢が主体で、足部に於いては特注の足底挿板(インソール)を医師の指示のもとで作成することはあるが、教育期間内における整形靴製作に割かれる時間が極めて少なく、実際の仕事で整形靴を作成できる技術が完全に備わっているとは言いがたいのが現状である。また、義肢装具士は患者に対して直接インソールや靴を作ることはできない。必ず医師の診断と指示があって作成するため、患者とのダイレクトなコミュニケーションが不足しがちになるだろうと考えられる。それ故、足や靴に不具合を感じている人が義肢装具士の事業所を直接訪ねるという選択肢は殆ど稀である。当方の靴工房の専門課程に在籍する生徒達には、誰かに靴を作るとき、その人の生活習慣・生活環境にまで思いを巡らせないと良い靴はできない、と教えている。靴を作るということはそれを履く個人を知ることに他ならないと考えているからである。それは、治療家と患者との関係に於いても同じであると言えるだろう。

 そこで、国内の医療従事者が医学的知識を持って直接患者の靴を製作したり、インソールをその場で調整できたりしたらどんな効果が期待できるだろうか。足部の変形やそれによる足の機能不全、靴と足との不適合などからくる膝、腰、肩、首痛の軽減や、治療の際にベースとなる身体を足元からニュートラルな状態にしておくことで、従来の治療で行っていた施術の効果が増したり、治癒までの期間が短縮されたりすることが可能になるのではないかと考える。また、高齢者の転倒防止や足に合った靴を履くことで歩くことが楽しみとなり、健康増進の役割も期待することができるだろう。

 子供の足と靴を考える会の大野貞枝『整形靴はどうあるべきか』(2003)のレポート中で、「1997年のある二人の整形外科医の講演によると、保存療法に積極的に取り組むM医師は、「足の病気のほとんどは靴で治る。靴は足の内科である。」と、手術等の外科的な処方に依らざるをえない場合以外は、整形靴を処方するという。」と書いている。整形靴とインソールでの保存療法の可能性を指摘している反面、現実的にそれらの治療法が未だ浸透していないことを示唆しているとも捉えられるだろう。もし足の病気が靴で殆ど治るとしたら、足に何らかの不具合を抱えた患者にとってこれほどの利益はないと考えられる。

 また、今後日本は超高齢化社会を迎えて、国民医療費の増大も大きな問題として台頭していくなかで、患者や医療従事者側にも更なる負担が求められるだろうことは想像に難しくない。総人口も2015年を頂点にして統計調査開始以来はじめて減少に転じた。地方での少子化、過疎化が進み、医療サービスも大都市部に集中してゆくであろう傾向で、国内のどこでも適切な医療が等しくなされることは、日本全体の医療の課題であると思われる。

 

 結論としては、国内に於いて諸外国の靴先進国と比べて充実しているとは言いがたい足病治療の分野で、足部の医学的な専門知識を持って靴とインソールを製作でき、患者に直接治療を施せる医療靴技術者の養成が求められるべきであると考える。今まで足の機能不全や痛みに対処できるような靴を求めているのに、満足できる靴や治療が供給されていない人に対して十分なケアが必要である。つまり、医療従事者と手づくり靴の技術者が融合すれば、国内の足病患者の治療と国民の健康増進に対する有効な選択肢となり得ると確信するのである。また、靴製作に精通している若い技術者が増加している傾向にあるが、もっと医学的な知識を学べる環境を整えてゆくことも不可欠だろう。日本の医療の将来を考えるとき、靴やインソールでの足の保存療法はまだまだ未発展であり、その可能性は大いに期待できるところである。医療費を抑制し、患者の経済的、身体的負担を減少させることに役立つことだろう。そして、近所の治療院やあるいは靴工房でそのような治療が日常的に受けられることが、何よりも患者の利便性や生活の質向上に寄与することは確かであろう。

 そこで今後の課題として、従来の足病治療に加えて手づくり靴が具体的にどのようなオプションを提供し得るかを、実際の治療現場で検証し、足病関連各分野での専門的知識レベルの統一、新たな医療靴技術者の国家認定資格としての許認可の可能性を模索してゆくことが必要だと言えよう。

 

 もし今、みなさんが足に何らかの問題を抱えていて、市販の靴が履けない状態に陥っていたとします。そこで近所に靴製作に精通している足の治療院(もしくは医学的知識がある靴工房)があったとしたらどうでしょう。足の問題を解決するためにそんな治療院を訪ねてみたくなるのではないでしょうか。

| 雑記 | 10:32 |