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信じる力

新しい年になりましたが、もう2月も半ばを過ぎようとしています。

年に数回しか更新されないブログですが、お目に留まった方はどうぞご覧下さい。

 

長年考えていたことで頭の中でモヤモヤしていたものが少し晴れたというお話しです。

 

 さて、靴を作る上で大事なことは何だと思いますか。特に「手づくり靴」(既製靴を手で作っているのは別です)では靴の履き手との良好な人間関係が築けるか否かが、足に合う靴を作るのに大変重要な要素になると靴を始めた頃から常々思っていましたし、WORKS(手づくり靴専修科)の生徒らにも、靴づくりは「履き手との関係を作ること=人づくり」だと教えてきました。

そういう良好な関係を築けた方とは総合的に靴づくりがうまくいくし、その後も関係は続いていくだろうことは、みなさんにも想像に難しくないと思います。さらに実際に足に対するフィット感や、痛みが出る・出ないにもそれは関わっているように思えていて、ただそれは自分の経験則に従った感覚的(主観的)なもので、もし誰かに証明してみせろと言われたら、15年以上そんな気がしてやってきたのでとしか言えないと思っていました。

 

 先日、足に靴型装具を付けた男性が突然工房にやって来て言いました。いままで40年以上この足の装具と付き合って来て、全国にある殆んどの装具屋を廻ってみたのだが、ただの一度も自分の足に合った靴型装具を作ってもらったことがない。なので作った中では何とか履けるという靴をいつも不満ながらに履いている。とのこと。そして、履いて来た靴の不満な点や、装具屋がいかに怠慢で経済的な合理性しか考えておらず、自分たちのような足の人のことを本当に考えて靴を作ってはいない。という話を2時間近く聞いていただろうか。

そこで思い出したのはある義肢装具士学校の先生の話です。患者と医者の間に信頼関係がないと、装具士がどんなに良い義足を作っても患者は義足に違和感や痛みを覚えることがあるそうなのです。その男性の話もまったくの嘘ではないと思いますが、この先どんな装具屋や靴屋さんが(僕も含めて)作っても、彼が満足いく靴は出来ないだろうとその時感じていたのでした。

 

 ある日、BSのテレビ欄に「腰痛の新常識」という、腰痛持ちには何とも魅力的な題名の番組があるのを発見して見てみたところ、腰痛の8割は原因不明(特定できない)らしく、自分は腰痛持ちだという意識や痛みへの恐怖心を持つこと自体が脳に悪影響して、脳が痛みを緩和する物質を出すことを妨げてしまい、結果的に慢性的な腰痛になったり痛みを長引かせてしまうという内容でした。靴を作りながら経験的感覚として何となくふんわりと形をなしていたものが、輪郭を与えられて腑に落ちたという感じです。

 

 今までの話を総括すると、手づくり靴において履き手と靴のグッドフィッティングには、履き手と作り手の信頼関係(この人に作ってもらった靴だから大丈夫)が重要だということです。感覚的なものと思っていたことが、医科学的にも証明され始めていることだと分かってきました。信頼関係があればどんな靴を作っても痛くないしフィットすると言ってるのではありません。そこに胡座をかいて適当に靴づくりをしている人は、最終的には信頼されなくなるというパラドックスを含んでいますので、その辺をくれぐれもお間違えなく。

まさに信じる者は救われるのでしょう。

| 雑記 | 15:39 |
手づくり靴イノベーション

 思う所があって、手づくり靴におけるイノベーションを考察したレポートをある機関向けに書いたのですが、もう世に出ることはないだろうと思って、読みやすく抜粋してブログに載録しておきます。長くて固い話なので興味のある方だけどうぞ。

 

 現在、靴づくりを教える養成機関や個人も数多く増え、単純に靴が作れる若者たちは独立を果たし、その波は着実に全国に広まってはいるが、幸か不幸か国内では靴製作に関して客観的で明確な評価方法が定まっていない。デザイン重視のファッション志向の靴もあれば、足の不具合や痛みを抱えた方に向けた治療目的な靴も作られている。中でも特に後者の場合は、国内に資格制度がないが故に、それぞれの作り手で足や靴に対する知識や経験に大きな差が生じていると危惧されるのである。ドイツの整形靴マイスターの指導のもとで整形靴を販売している靴店なども見かけるが、殆どが既製の靴に調整したインソールを入れて販売している程度に留まっていて、足とインソールを収めるための器としての働きに加えて、インソールと相まって機能的に作用するような靴本体を作成する技術を有するまでには至っていないのが現状だ。

 足病医学の先進国である諸外国ではどうだろう。アメリカでは足装具の専門家であるペドーシスト、ドイツには整形靴マイスターという国家認定資格があり、医学的知識を持った靴及びインソール製作のスペシャリストが存在するのだ。日本でその分野を担っている国内唯一の資格といえば義肢装具士だが、専門的には義足・義肢が主体で、足部に於いては特注の足底挿板(インソール)を医師の指示のもとで作成することはあるが、教育期間内における整形靴製作に割かれる時間が極めて少なく、実際の仕事で整形靴を作成できる技術が完全に備わっているとは言いがたいのが現状である。また、義肢装具士は患者に対して直接インソールや靴を作ることはできない。必ず医師の診断と指示があって作成するため、患者とのダイレクトなコミュニケーションが不足しがちになるだろうと考えられる。それ故、足や靴に不具合を感じている人が義肢装具士の事業所を直接訪ねるという選択肢は殆ど稀である。当方の靴工房の専門課程に在籍する生徒達には、誰かに靴を作るとき、その人の生活習慣・生活環境にまで思いを巡らせないと良い靴はできない、と教えている。靴を作るということはそれを履く個人を知ることに他ならないと考えているからである。それは、治療家と患者との関係に於いても同じであると言えるだろう。

 そこで、国内の医療従事者が医学的知識を持って直接患者の靴を製作したり、インソールをその場で調整できたりしたらどんな効果が期待できるだろうか。足部の変形やそれによる足の機能不全、靴と足との不適合などからくる膝、腰、肩、首痛の軽減や、治療の際にベースとなる身体を足元からニュートラルな状態にしておくことで、従来の治療で行っていた施術の効果が増したり、治癒までの期間が短縮されたりすることが可能になるのではないかと考える。また、高齢者の転倒防止や足に合った靴を履くことで歩くことが楽しみとなり、健康増進の役割も期待することができるだろう。

 子供の足と靴を考える会の大野貞枝『整形靴はどうあるべきか』(2003)のレポート中で、「1997年のある二人の整形外科医の講演によると、保存療法に積極的に取り組むM医師は、「足の病気のほとんどは靴で治る。靴は足の内科である。」と、手術等の外科的な処方に依らざるをえない場合以外は、整形靴を処方するという。」と書いている。整形靴とインソールでの保存療法の可能性を指摘している反面、現実的にそれらの治療法が未だ浸透していないことを示唆しているとも捉えられるだろう。もし足の病気が靴で殆ど治るとしたら、足に何らかの不具合を抱えた患者にとってこれほどの利益はないと考えられる。

 また、今後日本は超高齢化社会を迎えて、国民医療費の増大も大きな問題として台頭していくなかで、患者や医療従事者側にも更なる負担が求められるだろうことは想像に難しくない。総人口も2015年を頂点にして統計調査開始以来はじめて減少に転じた。地方での少子化、過疎化が進み、医療サービスも大都市部に集中してゆくであろう傾向で、国内のどこでも適切な医療が等しくなされることは、日本全体の医療の課題であると思われる。

 

 結論としては、国内に於いて諸外国の靴先進国と比べて充実しているとは言いがたい足病治療の分野で、足部の医学的な専門知識を持って靴とインソールを製作でき、患者に直接治療を施せる医療靴技術者の養成が求められるべきであると考える。今まで足の機能不全や痛みに対処できるような靴を求めているのに、満足できる靴や治療が供給されていない人に対して十分なケアが必要である。つまり、医療従事者と手づくり靴の技術者が融合すれば、国内の足病患者の治療と国民の健康増進に対する有効な選択肢となり得ると確信するのである。また、靴製作に精通している若い技術者が増加している傾向にあるが、もっと医学的な知識を学べる環境を整えてゆくことも不可欠だろう。日本の医療の将来を考えるとき、靴やインソールでの足の保存療法はまだまだ未発展であり、その可能性は大いに期待できるところである。医療費を抑制し、患者の経済的、身体的負担を減少させることに役立つことだろう。そして、近所の治療院やあるいは靴工房でそのような治療が日常的に受けられることが、何よりも患者の利便性や生活の質向上に寄与することは確かであろう。

 そこで今後の課題として、従来の足病治療に加えて手づくり靴が具体的にどのようなオプションを提供し得るかを、実際の治療現場で検証し、足病関連各分野での専門的知識レベルの統一、新たな医療靴技術者の国家認定資格としての許認可の可能性を模索してゆくことが必要だと言えよう。

 

 もし今、みなさんが足に何らかの問題を抱えていて、市販の靴が履けない状態に陥っていたとします。そこで近所に靴製作に精通している足の治療院(もしくは医学的知識がある靴工房)があったとしたらどうでしょう。足の問題を解決するためにそんな治療院を訪ねてみたくなるのではないでしょうか。

| 雑記 | 10:32 |
WORKS秋期開始

今週からワークス秋期生がスタートしています。

昨日のオリエンテーションを経て、今日は足の採寸から木型セオリーの講義まで盛りだくさんでした。

 

初日に感想を聞いてみたところ、この工房に通うと決断した後に生徒たちの周囲からは、どうなるものか先が見えないという不安の声が少なからずあったそうです。本人たちからも、多少そのように思っているところがあるのかなと感じました。

 

でも良く考えてみてください。行く先や、そこで何者になるのかを既に皆が承知であることに、わざわざ仕事を辞めたり周囲の反対を押し切ってまでやるだけの魅力があるでしょうか。未開の地に挑んで、自分が歩んできた道とその先で到達できる特別な場所こそが、自分にとって一番価値があることではないのかな。

万人が認めてくれなくても、自分が歩んだ道と到達した場所が正しかったと自分自身が納得できればそれでいいんだと思います。未来のその瞬間のために、自分の精一杯を賭けて今を過ごしてもらいたいと、強く思います。

 

秋から2名が加わり、新しい刺激とともに気持ちを新たにして、僕も11期の生徒と一緒に駆け抜けます!

| works | 18:59 |
夏のロビィ祭りの成果

先週の日曜日に開催されたイベント「夏のロビィ祭り」が終了しました。

おかげさまで、沢山の方にご来場頂き大盛況でした。

それを受けて、茅ケ崎でイベントを主宰したVillageクルーや、ワークスに向けて書いたメールを載録しました。

長文ですがよろしければどうぞ。

 

スタジオVillage

クルーのみなさん

 

まずは、イベント開催に関わったクルーの方々、大変お疲れさまでした。

イベントに参加された人もそうでない人も、このメールはVillageクルーや今後「手づくり靴」を目指そうという人に宛てて書いています。参加されていない人にも読んでもらえると嬉しいです。

 

今回のイベントの成功は(そもそも何が成功かは後に書いています)、

主催者のみなさんが団結して、とにかく自分の出来る事を一生懸命にやり遂げた成果です。

僕の協力とか、多くの元生徒さんが来房してくれたという次元では考えられない成功だと思っています。

 

みなさんが一生懸命やっていた熱が周りの人々(僕も含めて)に伝わって、何か協力してあげたい!イベントに行ってみたい!という結果に結実したのです。

今後もイベントを続けていったり、それでゴハンを食べてゆこうとするならば、勿論集客や収支も大切ですが、今回はそういう事を抜きにしても、それぞれ個人とVillage(ロビィとしてもね)の進化の第一章だったように思えてなりません。

 

さて、そこで僕がVillage立ち上げの祭、提唱した理念を思いだしてみてください。「Villageは、作り手の自主性を尊重しながらも、相互支援・相互扶助の心を大切にするコミュニティーである」とあります。今回のイベントは、まさにその言葉どおりと言っても良い内容だったと思っています。

一人ひとりは独立した作り手(個性)が、良い所も至らないところも合わせて、他のクルー(個性)と協力して助け合い、「独り」では到底出し得ない力を得て皆でイベントを成功に導いたのですから。

そういう意味で、今回のイベントは大成功だと賛辞を贈りたいと思います。

 

ワークスの卒業生にはことあるごとに言っている言葉ですが。

手づくり靴で(他のどんなコト・仕事でも一緒だと思う)、社会でその人が個人として「自立・独立」しているということは、ただ単にお金が稼げるようになって、手づくり靴だけで生活していける状態のことを言うのではありません。

 

自分自身はもう既に独りで真っすぐに立っていて、対峙する相手がまだ少し傾いでいるかなと思っているとしましょう。もしかしたら相手の方が真っすぐに自立していて、本当は自分がまだ凭れている状態なのかもしれません。

さらに第三者が俯瞰で見たら、二人とも寝転がってどっちが真っすぐ立っているか言い争っている姿だったということもありえませんか。

一人ひとり育った環境や、育まれた思考は違います。それが「個性」というもので、何よりも僕自身が大切にしていて、何よりも大切にしてあげたいと願っているものでもあります。その個性を存分に発揮した個々が、手づくり靴という「幹」を育てて自分一人で立っていられるようになったら、誰かを支えてあげてください。

そうしたら、自分が本当に一人で真っすぐに立っているのかが判ります。自分独りで全て出来ると思っているうちは「独りよがり」です。自分を信ずるが如く他人の個性をも認めて、誰でもいいから支えになってあげてください。

つまり、自分以外の誰かを支えられること。それが本当の意味で「自立・独立」だと、僕は自分に対しても強く思念しています。

 

これもVillageに託した僕個人の「思い」なので、それぞれ違うご意見もあろうかと思います。

今回のイベントのプロセスや結果を踏まえて、それぞれが考えて答えを出すべき問題の提起だと思っています。

是非これを機会に自分に問うてみてください。

 

最後に、イベント終了後は清々しい気分のお裾分け(祝杯のビール=アルコールを飲んだのは何年ぶり?でしょう)を味わうことができて、主催者みなさんに感謝してます。

次回の「冬のロビィ祭り」は個人的に参加してみたくなりました〜。

 

ノグチ靴工房主宰 野口マサジ

| Village | 17:01 |
「手づくり靴」の作り手として
 先日、僕が靴を習ったモゲ・ワークショップ(現在の呼称はmoge塾)のブログを見ていたら自分の名前が出ているのに驚き、内容を読んでみると少し考え違いがあるのではというものでしたので、ご本人にはメールでその旨をお伝えしました。
いつも返事は無い方なので、結果どうなったかは特に関与しませんが、モゲさんのブログだけ読んでいる方は思い違いのままというのはいけませんので、その時の手紙の内容をここに載録しておきたいと思います。





大変ご無沙汰しております。
いつものようにブログを拝見しておりましたら、自分の名前が出ているのに驚き、
学生当時よく怒られていたのを思い出して懐かしんでおりました。
今では苦言を頂くような存在の人も周りに少なくなり、嬉しくというのは変ですが、光栄に思っています。

さて、こんな機会でもないとなかなか自分の考えを伝えることも無いと思い、
モゲ・ワークショップを出たひとりの者が、どのような思いで靴をつくっているのかをお伝えしようと筆を取りました。
そういう主張ができることが、モゲ・ワークショップで学んだことの一つだと思っておりますので、どうぞご容赦ください。

モゲさんがブログ中で引用している文言、「当時のモゲ・ワークショップでは、技術的な知識や経験が不足しているだろう所は多少あったと思う」というくだりですが、
2014年に、確か都内の靴学校が幾つかある中、どこが良い学校かというような質問をしてきた人に対して返答した「素朴な質問に対する厄介な回答」というなかの一節だと思います。
前後の文脈を見て頂くと分かるのですが、決して技術の優劣をもって学校や人を評価しているのではありません。
むしろその逆で、そういう外形的なものが学校や指導者の評価を決めるものではなく、教えを請う側の心構えや価値規範を問うている内容で、自分が教えを請うたところの価値というは、将来自分自身がそれをどう血肉にしたか(自分次第)で変わるのですよ。ということを伝えたかったのだと思います。

モゲワークショップを出て、自らを「手づくり靴」の担い手と信じて、今年で工房を構えて16年目を迎えました。
僕の認識不足かもしれませんが在籍していた当時は、まだモゲさん以外に「手づくり靴」のワークショップのみで本当の意味で独りで生計を立てている人は(結婚されていて独立されてる女性は何人かいましたが)いなかった様に記憶しています。
それならばと、後から続く「手づくり靴」を目指す人たちの、大きな夢ではなく、小さくも確実な道しるべとなろうと自分を鼓舞し、勝手な思いで独りこの道を歩んで来ました。
あの一節は、「手づくり靴」が軌道に乗ってある程度安定している所にいようとも、自分にはまだ何か足りないものがあるだろう(何事も完全なことなどない)という思いで、常にある種の危機感を抱きながら靴づくりを続けてきたことへの表れだと思います。

若輩ながら、僕は手づくり靴の専修科を主宰させて頂いていますが、その希望者に向けて書いている一節をここに、僕の「手づくり靴」への取り組みとしてご認識頂ければ幸いです。

自分にとって良い靴とはどんなものか、どういう靴を作ってどんな人に手渡したいのか。
そして、将来どんな社会を築いていきたいのか。
今までの自分と向き合って靴との関わりを探求していきます。
靴の本意とは何かと考えることは、
自分自身の「生きかたち」を見い出す手がかりにきっとなるはずです。


モゲさんは「手づくり靴」のパイオニアとして尊敬する方ではありますので、末永いご活躍を祈るばかりです。
僕は僕の「手づくり靴」を全うすべく、自分自身の信ずる道を進むのみです。
| 雑記 | 12:51 |
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