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夏休みの訳
工房は今週から8月いっぱいまで夏休み。

毎年のことだが生徒さんには、「8月は暑いので工房はお休みです」と言って夏休みのご承諾を頂いている。
夏が暑いのは当たり前じゃないか、休むための口実だ!と言う方もおられようかと思われるのでご説明しておくと、

当工房は貸店舗なのだが、代々の店子が店舗内を改装(改造)している経緯があり、僕らも土壁を抜いたり床を張り直したりして、自分たちの使い勝手がいいようにリノベーションして現在の状態にいたっている。
その調子で先代が天井を抜いてしまっていたので、現在は天井がなく梁がむき出しになっている。
相当の年月を経て黒ずんだ梁が縦横にはしっている様子は大変気に入っているのだが、
本来は屋根裏に溜まった暑い空気を遮るはずの天井がないということは、夏はトタン屋根で熱された空気が直に工房のなかに滞留することを意味する。

真夏のトタン屋根といったら、その上に卵を落とせば目玉焼きができるだろうほどの暑さである。
その熱が工房を包んでいる中で汗だくになって靴づくりに励んでいる姿をご想像願えれば、8月中は工房を休みにする(閉鎖と言っても良い)ことに同意して頂けるのではないだろうか。

とはいうものの、8月はワークスの工房開放があったり、暑かろうが貸工房の生徒は通ってくるので、当然僕も仕事であるのは言うまでもない。
ただ、お盆明けに1週間お休みをもらって、今夏に四国の島々を舞台に催されている瀬戸内国際芸術祭に友人の作品を見にいくことにしているのが楽しみである。

貸工房のみなさん、留守中はよろしくね!
| 雑記 | 14:14 | - | - |
新たな旅立ち
先日、当工房を卒業して独立開房を果たした生徒から「先生、工房に来てもいいよ」とご招待を頂いたので早速行ってみることにした。

その工房は茅ヶ崎駅の一つ隣駅になる辻堂にある。
駅からまっすぐ海に向かう広い道路に面しているからか、僕の工房とくらべて光が十分に入り、
女性2人の工房らしく清潔で明るい雰囲気であった。

手づくり靴の未来を見据えて、
これから「人と靴の新しいコミュニティー」を作ってゆくのは君たちなので、
一緒にがんばっていこうね。
というような話をして(たぶんしたと思う)工房を後にした。

みなさん「工房sabuji」を宜しくごひいきに!
サブジ1
サブジ2サブジ3
| - | 21:16 | - | - |
プロってなに
ある靴の専修学校を見学に来た人が「自分は本物のプロを目指している」と言って、その学校への入学を見合わせたそうだ。
それを聞いて僕は何と言えばいいか、ある違和感を覚えた。
そこで、プロ(プロフェッショナル)になるとはどういうことかについて考えてみた。

プロフェッショナルを辞書でひくと「専門的な」とか「本職の」とかいう意味である。
皆さんも、仕事をしてお金を稼ぎ、それで生活が成り立っていれば立派な「プロ」だろう。
そう考えている人が多数なのではないだろうか。

僕の考え方はちょっと違う。

この国において「プロ」という表現は基本的にその言葉づらよりもより格上で、上質であるという意味を含んで「仕事」をする人に対して使われているようである。
「やはりあの人はプロ」だとか、「さすがプロの仕事だ」というふうに。
であれば、その「プロ」なるものを知るには、「仕事」って何なのかをまず定義しなければならないだろう。

さっきも言ったように、
「労力」を提供してその代わりに「お金」をもらうのが「仕事」であると考えるのはちょっと安直である。
もしそうだとしたら、パチンコをしても競馬をしても「お金」を稼げさえすれば、そういうことも立派な「仕事」だということになってしまう。

ならば、自己利益の増幅のためにすることは仕事とは呼べないだろうと僕は考えている。
他の誰かが喜ぶことや助けになること、何か社会に貢献できることのために
労力を使うことが「仕事」ではないだろうか。

そして、その仕事の成果やそれに就く人の評価というものは事前に自分で考量できるものではない。
それは結果として他人が喜んでくれたとき、後に社会の役にたったときにはじめて考課されることになるのである。

したがって、「プロ」というのは自分の利益にならずとも「他人を喜ばしたり、誰が恩恵を受けるかすら知らないが、社会の役に立つようにと最善の努力を惜しまない人」のことを言うのである。
そして、その人が真のプロであるかどうかは、実際にその仕事によって喜んだり、恩恵を受けた人がいたことをもって、「あのひとは本当のプロだった」とか「さすがプロの仕事だったね」と事後的に評価されるべきなのである。

だから、「本物のプロを目指す」というような自分が将来獲得するだろうと思われる権威や地位を想定考量して仕事をしているような人は、真の「プロ」にはなれないというパラドックスに陥ることになるんじゃないの?
と感じたのである。
| 雑記 | 20:09 | - | - |
WORKS/6月
ワークスは6月の第3週目。

課題は一作目である一枚甲のメイキングを中心に進行中。
この1週間で底付けが終わるだろうという生徒が数人。
今期も概ね順調である。

ただ、課題の進め方(カリキュラムの進捗状況)についてはそれぞれの生徒の管理に任せるのがワークスの数少ないルールの一つである。
なので、今誰がどの課題をやっていようと基本的に僕は一切関与しない。
「夏休みまでに『外羽根靴』を終わらせなさい」とか「課題が終わらない人は夏休みに補講します」ということをしないので、ワークスの1年間は自分の好きなように課題を進めてもらっていいということになる。

それはつまり、誰にも管理されないということは自分の課題の管理は自分自身が全て責任を負うということに等しい。

誰かに「これをしなさい」とか「いつまでにしなさい」とか言われないと出来ないようなら、
どんなに優秀な者でも、将来独立して靴を仕事にすることなど叶わないと思うからである。
| works | 20:52 | - | - |
コメントやーめた
論争なんてやぼったい。
不快な「ことば」は誰も幸せにしない。
今回からこのブログ上では記事に対するコメントは拝聴しないことにしようと思う。
ただ、今まで通りご意見は真摯に伺うので、何かひと言ある方は直接メールしてね!

なお、この場を借りて、
「いままでこのブログにコメント頂いた方に感謝申し上げます。」

互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい

 吉野弘 氏『祝婚歌』より抜粋

いい詩である。
| 雑記 | 17:57 | - | - |
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