JUGEMテーマ:学問・学校
来春のワークス(靴の専修学校)からアスレチックシューズコースを新設することにしました。
2006年にワークス第1期が始まってから17期(17年目)までは一般的に革靴といわれるものを中心にした修得コースでしたが、思うところがあって来年の18期から今までの一般革靴に加えて、アスレチックシューズ(運動靴)専攻というコースを設けることになりました。
思うところというのはここ数年考えていたことなのですが、何故今アスレチックシューズなのかという理路をザックリですが丁寧にご説明しようと思います。
手作り靴といったとき、みなさんはまずどんな靴を想像しますか?
やはり靴職人が背中を丸めて膝の上でトントン靴を作っている映像が頭に浮かんでいるだろうと想像するように、何といっても革靴ではないでしょうか。20数年手作り靴を広めてきた中で、自分の手で靴が作れると思っている人はまだまだ少数であると実感しているところではありますが、昨今はyoutubeやTikTokなどの動画サイトで、靴を自作する動画が人気を博したりしているところをみると、また第何次かの靴作りブームが到来し始めているのかと思っているところです。
さて、そんな革靴ですが国内の革靴の販売額の推移を見てみると、2021年は4年前の2017年比で40%も減少しています。2019年からのコロナ禍の影響を多大に受けているということも原因にはあるでしょうが、近年の靴市場は全体的に縮小傾向であることは否めません。革靴と共にスニーカーに代表されるゴム製布靴も同年比でマイナス20%と減少傾向ではありますが、健康志向の高まりから、ウォーキングシューズやランニングシューズなどのアスレチックシューズ(運動靴)の需要が増していることや、今後ファッションのカジュアル化が進んでいくことを考えると、益々アスレチックシューズの存在感は増していくと考えられるでしょう。
先程、コロナ禍で革靴の需要が減少したことに触れましたが、国内の革靴市場を牽引しているのは何といってもビジネスシューズです。いわゆる仕事に行く時に履く靴のことです。あとは冠婚葬祭用の靴として革靴を買われる人が多いのではないでしょうか。コロナ禍でリモートワークが増えて会社に行かなくても良くなり、冠婚葬祭などが敬遠されたことも革靴需要の減少に影響したようです。
そんなビジネスや冠婚葬祭用の靴に関しても、インフォーマル化(カジュアル志向)が進んでいくと考えられます。
以前、昭和時代のファッション事情について話を聞く機会があり、昔はTシャツは下着という認識で、当時の若い人達は下着で外を歩いていると揶揄されていたと話されていました。現代ではTシャツは立派なファッションアイテムになっているのだから、時代とともにファッションはドレス・ダウンに進んでいく傾向にあるんだとか。
そう考えてみると、ちょい昔、男性用のフォーマルシューズはオペラパンプス(エナメル革の男性用パンプス)でしたが、現在ではオックスフォードといって、内羽根式の紐履がフォーマルシューズの代表格になっています。オックスフォードという靴はその名の通り、イギリスのオックスフォード大学の学生が履き始めたことに由来するといわれていますが、名門学校の正装であった編み上げ長靴を堅苦しいと思った学生が短靴にして履いてしまった、ドレスダウンの象徴のような靴だと伝えられています。そんな靴が現在では冠婚葬祭や公式行事に履いて行っても恥を掻かないフォーマルな靴というのですから。
さて、ちょっと遠回りが過ぎたように思いますが、それらの靴の現状を踏まえると、よりシンプルでカジュアルな靴が求められていく趨勢なのだろうと予想します。当然、健康や身体を意識した靴、高齢者や足に不具合を抱えた人をサポートするような靴に注目が集まっていくでしょう。伝統的な作りの重厚な革靴よりも、機能的で軽快な靴にシフトしてゆくだろうと思われます。靴のアッパー(表革)は動物の革からシンセティック(合成)革へ、ソールは革底からゴムやウレタンのソールに変わっていくでしょう。
もう一つ考えなくてはならない変化として、今後靴職人に限らず何かを作り出すという仕事をする人は、環境問題を意識しないでは立ち行かなくなるでしょう。靴の作り手は革を扱う者として家畜や食肉の問題とも向き合わないといけません。接着剤や合成ゴム・樹脂なども環境対応のものを使って然るべき時代がもうすぐそこに来ているはずです。植物由来の合成革や合成ゴム・樹脂類が研究開発されて商品化になるのももう遠い未来ではありません。
冒頭で革靴を自作する動画が人気を博していると話しましたが、その種の動画で作られる靴は決まって手縫い革底の靴です。動画として見てもらうためには出来映えや作業のエンタメ性が求められるのは承知していますが、ハンドソーンや手縫いマッケイというような靴は、古典的で手間がかかるが故に高価な靴の底付け技法であって、もう既に生活者の日常靴ではないのです。作りが巧妙でクラフトマンマインドを刺激されるので、趣味の靴づくりとして残っていくことは何の異議もありません。僕が創業以来セメンテッド(接着)靴に拘って作っているのは、それが誰でも作って誰でも履ける日々の靴として相応しいと思っているからです。
それに関してちょっと面白い話を一つ。
工房では自転車用シューズを作って競輪選手に提供しているのですが、手作りでといってもソールには飛行機やレーシングカーで採用されているカーボンを使用したもので、ワールドカップやオリンピックでも使用されているように、自転車用シューズとしては最先端の作りをしていると言っておきましょう。ある競輪選手が有名な外国選手に、日本の競輪選手ではまだ革底の自転車シューズ(昔は自転車用シューズや野球用スパイクも革底の時代があった)を好んで使っている人がいることを伝えたところ、その外国選手からは一言「クレイジー!」と言われたそうです。
靴の進歩を語る上では、昔は軍靴が靴の開発においては大きなアドバンテージをもたらしましたが、機能的で足の構造に働きかける靴としては、現在も今後もスポーツ分野が先頭を走っていくことは間違い無いでしょう。
登山靴を例に取っても、昔は登山靴は重厚で堅牢な手縫いのものが良い(登りやすい)と言われていましたが、今はエベレストに登るような登山家は皆、マイナス30度の過酷な環境にも耐え得るセメンテッドのゴム底靴でより軽いものを求めて最高峰を制覇しているのです。
時代が求めている靴、人々が求めている靴を考えた時、アスレチックシューズ(運動靴)という選択肢が出てくるのは自明の理だと思うのです。来期からは一般革靴のコースと共に新設アスレチックシューズ専攻コースを携えて、靴の未来を見据えた手作り靴を広めていこうと決意を新たにしています。
最後に、100年後の靴の有り様を予想して終わりにしたいと思います。100年後はこれを書いた僕も、読んだ皆さんも生存していないと思いますので検証不可能ですが、100年後は冠婚葬祭や各国首脳会談、ノーベル賞の授賞式でのフォーマルシューズは、黒のコンバース・オールスターで良いということになるでしょう!なんてね悪しからず。